クライアントサポートチーム
Aya Saito

インビジョン入社前の経歴

怖いくらい順調な人生

1996年の2月、埼玉県のそこそこ田舎の方で生まれて育ちました。
優しい家族、いじめなんて無縁の学校生活の中で平和に平凡に生きる毎日。
飛び抜けて得意なことはなかったけど、人並み以上には色々できて、「将来は学校の先生になりたい!」と言った時も色んな大人が背中を押してくれました。

ただ、少しだけ安定ルートからそれた時期が。
お兄ちゃんがいるから、という理由で入った陸上部に、中学2年目にして陸上狂いの熱血教師がやってきたのです。
ゆるゆるの部活動生活から一転、目指せ全国大会!のガチ勢生活にガラッとシフト。
熱血顧問はそこそこに足が速いだけで県大会出場すら夢の夢だった私を、本気で全国大会に連れて行くと言い張ります。
まーーじで無理!私には無理!!!と思ったものの、そんなこと言える勇気もなく、やるしかないと自分に言い聞かせていました。

言われたことはやる。頑張って喜んでくれる人がいるなら頑張る。というスタンスで顧問の言いなりになっていたせいか、自分でも驚くくらい、私の足は速くなりました。
できるようになると楽しくなるのが人間の性。
全国大会はやっぱり無理だよ、と思いつつも、いつのまにか関東大会は射程圏内に。

まあ現実はそんなに甘くなく、コンマ数秒の差で夢の切符は手に入りませんでした。
あれが人生ではじめてで、唯一の挫折だったかもしれません。
陸上を諦めきれなかった中学生の私は、自分の偏差値では有り余る、陸上部の強さだけが売りの高校を志望していました。

しかしそんな熱も長くは続かず、もっと偏差値の高くて陸上がそこそこ強い高校に行きたい!と思い始めたのが中3の12月。
その時点での模試の結果は気持ちいいくらいのE判定。
ここからわたしの運が炸裂します。

3か月死に物狂いで勉強した結果、なんとギリッギリで合格。
少し背伸びして入った女子校での毎日は、夢みたいに楽しくて、密度の濃い3年間でした。
もちろん関東大会出場の夢もしっかり叶えちゃったりして。

奇跡的に入れた高校での生活があまりに幸せなもんだから、大学受験はさぞ苦労するだろうと覚悟していたものの、一番行きたかった大学に推薦で合格。
自分の人生上手く行きすぎじゃない・・・?と正直焦っていた私は、次(就活)こそはうまくいかないと信じて疑いませんでした。

インビジョンに入社した理由

ここでなら、この人たちとなら

先生になると意気込んで入学した教育学部では早々に違和感を抱きました。
でも小学生の頃から先生しか見てこなかったから、他になりたいものもありません。
お酒を飲んでバイトをして、大好きな百人一首の旅に没頭する日々。
そろそろ進路を決めないといけない時に考えていたことはただ一つ。
「先生よりかっこいい大人になること」。
先生ってめちゃくちゃかっこいいと思うんですよね。
子供たちを背負って前に立って、学び続けないとやっていけなくて、適当な覚悟じゃ到底やり遂げられない仕事。
でも大学生の時はその世界しか知らずに生きていくことがこわくなっていて・・
やりたいことは何もない。でも自分が先生よりもかっこいいと思える仕事をしたい。そう思って就活に臨みました。

いい会社はたくさんあって、ここに入りたいと思う会社もありました。
危惧していたような大きな壁もなく、選考も順調に進んでいました。
インビジョンと出会ったのは、もうそろそろ就活終わりにしようかな、と思っていた初夏。
「倍率高そうだから入れないだろうけど、いい会社そうだし一度見ておきたいな」という軽い理由で座談会にいきました。

その時思ったのは、あーここで働けたら幸せだろうな、ということと、どうせもう無理だろうから、この際自分が持ってる熱い部分を出し切って帰ろうということでした。
諦めの中に少しだけ、この人たちなら真面目に聞いてくれるんじゃないかって期待もあったかも。ほんとに少しだけ。
だから、「どうしても先生よりかっこいい大人になりたい!」っていう気持ちをまとまらない言葉でぶつけて、誠吾さんやちなさんが笑いもせず頷きながら聞いてくれた時はなんだか嬉しくて泣きそうだったことを覚えています。

私の人生は上手く行きすぎていて、そこから内定まではトントン拍子に進んで、夢じゃないかってほっぺをつねっちゃうくらいでした。
逢瀬を重ねるごとに、働くことやチームに対して常にガチンコなインビジョンという組織を好きになっていくのを感じながら、ここで、この人たちと先生よりかっこいい大人になろうと決めるまでにそう時間はかかりませんでした。

人生のGoal

月並みだけど、家族を大事に。

今の家族、未来の家族を死ぬまで大事にすることと、自分の子どもに働くことをポジティブに捉えてもらえるような親になること。
子どもが自立してからは、おばあちゃんになっても仲良しの旦那さんとのんびり暮らしながら、息抜きに小さな書道教室の先生をやっていけたら幸せだろうなぁ。