【インターン日誌】Nah, Imma do my own thing
Break the canon!
私は子供の頃から大人になりたくなかった。ドラマや小説に出てくる大人は疲れ果てていて、皆、本当に居たい場所ではなく、自分がはまれそうな空間を探して体を押し込めていた。窮屈そうに。私は、自分が歩く道、咲く場所は自分で選びたいとそう考えていた。自分だけの人生でないと生きる価値はないと考えていた。自然体で生きることに強く憧れた。
小中学校の頃、よく学校から家に電話がかかってきた。私がしでかした悪事を報告するための電話だ。私は当時、大人がつくった理不尽な尺度で縛られることが大嫌いだった。板書を写すことや、答えを暗記して再現するだけのテストに意味を見出せなかった。テストの点は悪くないのに成績簿はいつもボロボロ。意欲、関心、態度の項目はCで埋め尽くされていた。でもそれで良かった。このまま、大人の尺度に添える人間としてレールに乗っていけば「疲れ果てた大人」になるような気がしていたからだ。アメリカの高校に進んだのもレールから脱線するためだ。Break the canon!って感じだった。
夢と現実、子供と大人の狭間で

夢を追いかけ、夢に生きることを夢見た。それこそが私が追い求める「自然体」であり、そういう生き方が幸せな人生に直結すると思っていたからだ。しかし、そんな「子供」も年を重ね現実を知り、いくつかの夢を諦めて、気づけば、拒み続けた「大人」になりかけていた。スポーツ選手、社長、小説家。今思えば無謀な夢を子供ながらに描いていた。小学校の卒業文集に書いた夢はFIFAの職員。すでにスポーツ選手になるための才能はないと悟っていたのかも。それでも中高6年間、野球だけは諦めきれずに没頭していた。食事、睡眠、、全ての時間を野球に捧げた。授業中には握力強化ボールを握っていたし、コロナ禍ではネットとトスマシーンを家の中に設置して一日中バットを振っていた。ガラスを2枚割って父にこっぴどく叱られたっけ。とにかく24/7野球のことばかり考えていたし、あの頃は野球が私の全てだった。それほど追い求めた夢でさえ、高すぎる壁と自分の限界を知り、手放してしまった。夢を追うための若さと時間は有限だった。(若いっていいですよね。最近は階段上がるだけでもうぜいぜいです)手放した夢は悪夢となり、今でも私はうなされる。目を覚ますとどこか空虚で胸にぽっかり穴が空いてると感じる。目が覚めていても夢の断片が時々私の胸をさす。
夢を手放した人間にとって、存在意義とは何なのか。生きる意味や、生きがいとは何なのか。夢を失った心の空虚を埋めるため、そんなことばかりを考えている時期があった。そして、自分なりに辿りついた言葉がある。The oneだ。「ありのままの自分で、誰かのThe oneになること」が生きがいになり得ると考えた。誰かの代わりやバックアップなら世界にとっては必要ではないし、自分を曲げて、押し込めて、殺してしまえば、もはや自分の人生ではないからだ。これも別の形の「自然体」と言えるのではないだろうかと考える一方、追いかける夢を無くした人間の妥協した「自然体」なのではと考えていた。
The one
だが、妥協した「自然体」さえも叶わぬ理想に感じた。長期インターンを探していた動機も焦りや義務感からで、そこに希望や光は期待していなかった。「疲れ果てた大人」や「学校教育の尺度に馴染んでしまった大人」によって構成される社会の中で働くことは、自然体で生きることを諦めることだと考えていたからだ。だからこそインビジョンのインターン募集ページにあった「働く幸せを感じるかっこいい大人」という言葉は新鮮で、心惹かれた。働くことと幸せを感じることが両立できるなんて夢にも思わなかったことだ。これが私が社会の中に探し求めていたものかもしれない。そう感じた。
必須条件には「『感情』や『原体験』に価値があると分かっていること」や「既存のメディアや働き方に違和感を持っていること」など。そのどれもが私に当てはまっていて、ありのままの自分が必要とされている気がした。私は大学受験時、面接を多く経験し、いつも各校のアドミッションポリシーに沿った像を取り繕っていた。インビジョンでの面接ではそんなことは一切しなかった。その必要がなかったからだ。何よりインビジョン側のまっすぐな思いや言葉に私もまっすぐ答えたかった。そんな私を仲間として迎えていただいて、初めてありのままの自分として選びあげられた気がした。それがすごく嬉しかった。インビジョンこそが私のThe oneであり、私自身もありのままの自分でThe oneになれるのではないかと感じてジョインすることを決めた。実は、インビジョンに出会う前、インターンに1つ応募し落選していた。インビジョンに落ちても、もう長期インターンに応募することは辞めるつもりだった。だってThe oneに出会ってしまったから。
Salvage

インビジョンにジョインするに至った背景の一つに、発信しているコンテンツや掲げている志などの言葉が持つ温かさやまっすぐさに心を掴まれたことがある。自分が幼少期に感じていた「狂育連鎖」への「義憤」という志には特に共感できた。「意味も考えずとりあえず”ちゃんとしなさい”」。あの頃の大人の言葉は私にとって呪いだった。耳を傾ければ、自分の色を失ってしまう。替えのきく社会の歯車になってしまうと思っていた。猜疑心のせいで大人の言葉は力を失っていった。
私にとってインビジョンの言葉は祈りだ。「働く幸せを日本中に感染させる」というインビジョンの志は、社会の海で彷徨い溺れていた私にとって道標であり、心の支えになった。海底から私を引き揚げ、社会という未知の海へ漕ぎ出す勇気をくれた。そして言葉のとおり、私を感染させた。「仕事って面白いぞ」。これも私をインビジョンに引きつけた言葉だ。オフィスに居れば、それが言葉なしにでも伝わってくる。皆さんの目から、纏う空気感から。何を言うかより、誰が言うかとはよく言うが、言葉が説得力を増していくのだ。各々が自然体で志を体現している。収まれる場所に収まっているのではなく、それぞれが歩いてきた道の先にインビジョンがあって、自分で選び取った働く場所、The oneなんだとひしひしと感じる。インビジョンには自分が幼少期に見た大人の姿はなく「働く幸せを感じるかっこいい大人」たちがいた。
入社前、私は労働の中に生きがいを見い出そうとしていたが、そうした人たちを見て、働くこと自体が生きがいなのではと思うようになった。いつか定義した「妥協した自然体」は妥協でも理想でもないと今では思う。それはとても幸せなことで全ての人がそうあることのできる社会は構築可能だと。インビジョンでその一端を担えるなんてワクワクする!そんな思いを抱えた今、私も「働く幸せを感じるかっこいい大人」に少し近づけた気がした。インビジョンに出会う前、3ヶ月前の私からは想像もできない考え方だ。憂いていた社会や未来は、明るく温かいのかもしれない。
100年後も温かい言葉
100年後も変わらずに温かい言葉。インビジョンのその温かさが、社会や大人から目を背け続けていた私の背中を押してくれた。使い捨てじゃない、100年後でも冷めない。そんな言葉や想いを私も紡いでいきたい。それがありのままの私がやりたいことで、誰かのThe oneになれることだと思うから。
▼インビジョンのコンテンツ、良ければ巡ってみてください。
https://www.invision-inc.jp/media/



